主治医は診察室で、患者さんのどこを診て病状や体調を診断して治療しているのだろう?

なぜ「このままでは、まずい」と考え処方薬を変更したのか

 さて、なぜ、私は2回目の診察時に「このままでは、まずい」と考えたのか? ブレイクダウンしてお伝えします。

 初診時は「うつ」であると診断したため、憂鬱な気分を和らげて、意欲を高める効果がある抗うつ薬「アモキサピン」を処方しました。

 しかし、2回目の診察時には軽く気分が高揚している軽躁状態が現れていたので、Aさんは、もともと「うつ」ではなく「双極Ⅱ型障害」であり、抗うつ薬=意欲を高める効果のある薬を与えたことによって、躁転したのであろうと判断しました。

 そう判断した以上、薬の処方を変えなければいけません。なぜなら、うつ病と双極Ⅱ型障害では治療方法が全く違うからです。

 うつ病では、「うつ」の症状を改善させるための治療を行い、抗うつ薬を用いますが、双極Ⅱ型障害では、「躁」と「うつ」といった気分の状態を調整する治療が必要となり、その時には、抗うつ薬ではなく気分安定薬を用います。

うつ病の場合:うつの症状を改善させる抗うつ薬を処方

双極Ⅱ型障害の場合:気分を安定させる薬、気分安定薬を処方

 そこで、憂鬱な気分を和らげ、意欲を高める効果がある抗うつ薬「アモキサピン」の処方をやめ、「炭酸リチウム」に変更した、というわけです。

 このように診断が違えば、処方する薬も変わります。双極Ⅱ型障害であると診断できずにいたら、正しい治療方法や薬の処方ができず、気分の波がもっと大きくなり一向にうつが治らなかったかもしれません。

芸術家タイプの人は双極性障害であることが多い?

 ところで、芸術家タイプの方には、双極性障害の人が結構いるのではないかと考えています。さらに一般的な言い方をすれば社会で活躍している人の中には、双極性障害の人が結構いると思います。テンションが高く、そのテンションが作品を生み出す、あるいは業務を推進していく原動力となっているのです。

 病跡学という学問があります。歴史的に傑出した人物の生涯を精神医学および心理学的観点から研究分析し、その活動における疾病の意義を明らかにしようとするものです。その中で日本では歴史上の有名な人物には、双極性障害の人が多いのではないかといわれています。

 私がクリニックで出会った社会的に活躍している人は、それなりのテンションの高さを元来持っており、その反動により「うつ状態」が生じて、私がお会いすることとなったと思っています。

 また、双極性障害の人に「抗うつ薬」を使うと、躁状態を引き起こすことがあるのは精神科医の中ではよく知られています。今回ご紹介した方はまさに抗うつ薬によって躁状態が出てきて、躁転したケースです。

 今ほど双極Ⅱ型障害について知られていなかった時代には、このような経験がたまにありました。その頃から抗うつ薬を使う場合に、双極性障害の可能性も十分に考えて処方するようになりました。

 「うつ」の症状が現れる疾患はうつ病だけではありません。誤った診断を受けた場合、誤った薬が処方されることもあります。初めから、うつ病とご自分で決めつけずに、クリニックを受診されることをお勧めします。

(まとめ:福井弘枝=編集・ライター)

出典:「日経Gooday」2023年7月31日掲載
https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/20/111600039/072000026/
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