プログラム参加中の様子から“違い”に気づく
そして、プログラムを始めて1年後の2006年ごろからプログラムに参加している患者さん達の中に「軽い躁状態の人がいる」ことに気づき、その2年後の2008年ごろには、とても能力が高い患者さんだけれど、どうもコミュニケーションをとるのがあまり上手ではなく、「もしかしたら…」と発達障害の可能性のある患者さんがいることにも気づきました。
それでもまだ、その当時は、軽い躁状態があることと、うっすらと発達障害があることが、うつによる再休職につながるほど大きな影響を及ぼしているという認識は、私にもあまりありませんでした。
その後、リワークプログラムの参加者たちの中に、周囲の人たちと行動や様子に差や違いがある患者さんがいること、そしてその人数が増えていることに気づき、「うつの症状が繰り返し表れる背景に、双極Ⅱ型障害や発達障害の要因があるのではないか」という印象が強まっていったのです。
過去をたどることで見つかる可能性も
もう一つ、私がこれらの背景疾患に気づくことができた理由の一つに、リワークプログラム参加中に全員に提出してもらっている「自己分析リポート」があります。
これは、患者さん自身に「なぜ自分が休職することになったのか、休職の原因はどこにあったのか」をリポートにまとめてもらうものです。うつを発症した自分の過去をたどり、最初に現れたうつの症状がどういうものであったか、その症状が現れる直前に起きた環境の変化としてどんな出来事があったか。その環境変化に自分がどのように受け取り対応した結果、うつになったのかを自身で振り返ってもらっています。
同じ環境の変化に直面しても、誰もがうつを発症するわけではありません。自分の中にある課題に気づいてもらうことが目的のリポート作成ですが、一方で医師にとっては、患者さんの過去の状況を知る良い機会です。
例えば、自分の過去をたどる中で、過去に軽い躁状態があったことに気づいたり、小さい頃にいじめられていた経験について、当時はなぜ、いじめられていたのか分からなかったけれど、今から考えると、発達障害があったからだったのかもしれないと気づいたり、といったことがあります。それが確定診断にはならなくても「もしや双極Ⅱ型かも?」「発達障害かも?」と疑い、診断を変えていく機会となります。診断を変えると治療内容も変わります。その結果、症状が改善した人をたくさん見るようになりました。
また、2014年には「光トポグラフィ」という検査機器を導入。これは脳の表面を流れる血流量の変化を測定することで、その変化のパターンからうつ症状の背景を知り、うつ状態の鑑別診断の補助検査とするものです。
毎日の様子を見守る中でわかってきた
さて、うつの症状の背景に別の原因が隠れているかもしれないということは、診察室という、かしこまった場での短い診察時間では決してわかり得ないものです。私も、診察だけで診断していたら、おそらくわからなかったでしょう。
リワークプログラム中の患者さんたちの毎日の様子を見守ることでわかってきたものであり、利用者の皆さんが教えてくれたというのが実感です。
つまり、診察室での短い時間の診療しか行っていない医療機関では、うつの症状の背景に別の原因が隠れていることに、おそらく気づくことはできないだろうといえます。
加えて、正しい診断ができていなければ、正しい治療も難しいことになり、病状を悪化させる可能性すらあります。背景疾患によっては治療に用いる薬の種類がまったく異なる場合があるからです。
逆効果の薬を処方してしまう可能性も
例えば、背景に双極Ⅱ型障害が隠れているのに、それを知らずに、うつの症状があるからと抗うつ剤を処方してしまうということが起こり得ます。
うつの症状を改善させるためには抗うつ剤を用いますが、双極Ⅱ型障害の場合は躁状態とうつの波をコントロールする必要があるため、抗うつ剤ではなく気分安定剤を用います。双極性障害の患者に抗うつ剤を使っていると気分の波がかえって大きくなることも多く、逆効果になりかねません。
絶対に抗うつ剤を使ってはいけないということではありませんが、慎重に使うべきですし、少なくとも双極Ⅱ型障害の可能性があることを知った上で使うべきところです。
また、発達障害の患者さんに「適応障害」という診断を出す医師がいますが、この適応障害というのは、何か非常にショッキングな出来事があって、それで急にうつや不安の症状が表れた場合に使う病名です。この場合、そのショッキングな出来事がなくなったら、症状は自然に回復してきます。それが適応障害です。
しかし、発達障害の人が周りの環境に適応できず、うつ状態になったからといって、それを適応障害と診断してしまうのには問題があると思います。発達障害に伴ううつの原因は発達障害ですから、その診断にどんな意味があるのだろうかと疑問を感じます。