脳と心理的な要因は密接に関わっている
一部の細胞、特に海馬の神経細胞は環境要因によって、神経が再生する。これがいわゆる「ニューロジェネシス」と言われるもので、これを研究の中で探るのが世界的な流行になりました。そういう意味で、脳の神経再生、脳の機能、脳の萎縮と心理的な要因は結構密接に関わっているということが分かってきています。
五十嵐 なるほど、脳の神経再生など今後ますます、注目が集まりそうですね。
本日のお話は大変興味深いものでした。ストレス性疾患の代表であるPTSDと脳の海馬の関係のお話を聞かせていただき、取り巻く環境からのとても強いストレスの影響を受けた場合でも、その人の持つストレスへの脆弱性があって初めて症状が出てくるということがよく分かりました。
しかも、その脆弱性は生まれ持ったものもあるが、生まれてからの影響も受けるということも分かりました。私も常日頃感じていることですが、抑うつ状態を呈して休職した方を数多く診ていますと、ストレスを受けやすい人に職場などからのストレス要因が働いて、不安やうつといった症状が出てくるように感じております。加藤先生、本日はとても興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
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五十嵐 今回は「ストレスは脳に影響を与えるか」というテーマで、日本でいち早くPTSD研究を行い、ストレスと脳についての深い知見をお持ちの加藤進昌先生にお話を伺い、「もともと海馬が小さい人はストレスの影響を受けやすい」という大変興味深い研究結果をお聞きしました。
しかし、「自分の海馬が生まれつき大きいか小さいか」を知るすべはありません。また、同じストレスを受けたとしても、その感じ方、受け取り方は万人に共通なわけでもありません。そこには「環境からの影響を受けやすいか否か」という個人差があります。
もしも「私はもしかしたらストレスの影響を受けやすく、ストレスに弱いのかも?」と感じている場合は、その影響を少なくするための対策や、ものごとの考え方も大事でしょう。
日ごろから自分の気持ちの重さや異変に気付いた時のために「自分に合う気分転換の方法」や「自分がリラックスできる環境の特徴」「気持ちが安らぐ相談相手」など、自分を守る安全地帯を複数、見つけておくとよいでしょう。
大事なことはストレスを感じた時に放置しないことです。違和感を感じたり、「おや?」と自分の気持ちの重さに気づいたら、積極的にストレスを発散し、解放する、和らげるために、自分に合った何らかの方法で対処しましょう。そのためには、何が自分に合う方法なのか、事前の準備も必要です。
そうした、対策を取ることを「コーピング」と言い、それによって自らが得られる回復力や復元力のことを「レジリエンス」と言います。この2つについてはまた後日お伝えします。
加藤進昌(かとう のぶまさ)さん
昭和大学発達障害医療研究所所長。公益財団法人神経研究所理事長。東京大学名誉教授
1972年、東京大学医学部卒業。国立精神・神経センター神経研究所研究室長、滋賀医科大学精神医学教室教授などを経て、1998年、東京大学大学院医学系研究科精神医学分野教授。2001年より、東京大学医学部附属病院病院長。2007年、昭和大学医学部精神医学教室教授、昭和大学附属烏山病院院長、昭和大学大学院保健医療学研究科教授を歴任。専門は精神医学、神経内分泌学、発達障害。
取材協力
笠井清登(かさい きよと)さん
東京大学大学院医学系研究科 脳神経医学専攻 臨床神経精神医学講座 教授
(まとめ:福井弘枝=フリーライター)
出典:「日経Gooday」2021年12月16日掲載
https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/20/111600039/120200012/
日経BPの了承を得て掲載しています