ベトナム戦争に行った一卵性双生児を対象に
一卵性双生児というのは、遺伝子などが全部一致しているのが特徴です。この研究の対象者40組の双子ペアのうち、
・12組は双子の1人がベトナム戦争に行ってPTSDになった。
・23組は双子の1人がベトナム戦争に行ったが、PTSDにはならなかった。
そしてこの40組のペアのもう一人のほうは、いずれもベトナム戦争に行っておらず、当然、PTSDにもなっていない。こういう双子のペアを、アメリカ中から探して研究対象にしたわけです。
アメリカでなければこういう研究はできなかったでしょう。そもそも、こういう患者さんはそんなにいません。この条件に当てはまる双子のペアを40組集めることができただけでも相当に幸運だったと言えます。
そして、彼らの脳の海馬の状態を写したMRI画像が何百枚もあるのですが、それらを1枚ずつ、海馬の場所を特定して、その面積を調べます。それを何百枚も重ねると体積が分かります。これを手作業で一つひとつ探り、来る日も来る日も同じ作業を繰り返す、とんでもない労力の結果がこちらです。
PTSD双生児のMRI海馬体積研究
PTSD群は帰還兵と健常双生児で海馬体積はほぼ同じだった一方で、非PTSD群と比べるとやや小さいことがわかった(図版出典:こころの科学No.128/9-2006, 日本評論社)
Smaller hippocampal volume predicts pathologic vulnerability to psychological trauma
Mark W. Gilbertson, Martha E. Shenton, Aleksandra Ciszewski, Kiyoto Kasai, Natasha B. Lasko, Scott P. Orr & Roger K. Pitman
Nature Neuroscience volume 5, 1242–1247 (2002)
加藤 実はこの研究を行っていた時点で、すでに脳の研究は進んでいて「人間の脳は強いストレスにさらされると海馬が萎縮する」ということは、ほぼ確実であると言われていました。
しかし、「脳の海馬が萎縮した状態を示すMRI画像」だけでは、その海馬の萎縮が「ストレスの影響のせいなのか」、あるいは「もともとその人の海馬が小さかったのか」が、分かりませんでした。なぜならストレスを受けた人の過去の(ストレスを受ける以前の)MRI画像が折よく存在することはほとんどなく、過去の状態と比較できるケースがなかったのです。
この研究で一卵性双生児を対象にしたのは、彼らは2人の遺伝子などの背景がまったく同じであり、過去のMRI画像がなくても、双子のペアのもう一人のMRI画像と比較できるという理由からでした。
そして、その結果、「ベトナム戦争に行ってPTSDになった人と、そのぺアでベトナム戦争に行っていない双子のもう一人は、どちらも海馬の大きさは同じである」ことが分かりました。また、「彼らを正常な人と比べた場合、どちらも海馬がやや小さいと判明」しました。
つまり、一人はベトナム戦争で受けたストレスによってPTSDにはなったけれども、戦争によるストレスが原因で脳の海馬が萎縮したのではなかった。もともと、その人およびその双子のもう一人の海馬はやや小さかったということが、分かったわけです。
また、ベトナム戦争に行ったけれどもPTSDにはならなかったという人の海馬には当然ながら萎縮は見られなかった。もちろん戦争に行かなかった双子のもう一人も同様でした。